chicoについて

dara【だら】・・・富山弁で [あほ・ばか]

どんくさい、でもどこか憎めない、愛すべき人物や物事たち。
―(すくなくとも わたしのなかでは、)そんな意味をもつことば。

きれいじゃなくてもいい 便利じゃなくてもいい
不器用で、いびつで、きまぐれで、ちょっと変わっているくらいがちょうどいい。

日々のくらしのなかでふと目にふれたとき、
ふんわりあたたかいきもちになったり
たいせつな記憶や いとおしい人を思い出して笑顔になれたり
ちょっと無理しすぎていたかな と立ちどまってみてふと気づいたり
心地よい空間と時間のながれに おもわずこころがゆるむ、ような
年齢や性別にかかわらず、ほっ。としていただけるような
そんな作品づくりを目指しています。

おしごとのご依頼、随時承っております。
お気軽にご相談・お問い合わせくださいませ。

chico【ちこ】

富山うまれ・奈良ぐらし。
絵を描いたり散歩をしたりワインを飲んだり本を読んだり。

小さい頃から、集団のなかで行動する ということが苦手で、
“なんでワタシはみんなみたいに振る舞えんがやろう”と自己嫌悪する日々。
(絵はそのころからすきで、ノートによく描いていた気がする。)
高校生の頃から、本格的に学校という集団で 生き辛さを感じはじめる。
大学でそれが確信に変わり、学生生活での教訓をフルに生かして就職活動を放棄。 したものの、パリッとスーツに身を包んだ就活中の学生さんの横で、 “わたしいったい何しとるんや…”という後ろめたさをこころに秘めつつ、カフェで絵を描いたりしながら就活時期をやり過ごす。
一方、大学時代に家のちかくのショットバーでマスターや常連さんたちと仲良くなり、毎晩部室のように通ううちに、 ‘どうやら人を嫌いなわけじゃないらしい。人と関われないわけでもないらしい。’と気づく。

大学時代をすごした大阪を離れ、大船へ。 パン屋でアルバイトをしながら絵を描き続け、2013年に株式会社dara.を設立。以後、東京から湘南。そしてみえない力に導かれるままに奈良へ。(現在)

学生時代のトラウマから、絵を描くことで個人として独立したわたしという人間をみてほしい、という自己愛が原動力。 でしたが、最近では絵を描くことでだれかがあったかい気持ちになることのほうが大事。になってきました。
まあでもかわらず大切なのは、日々自己満足&自己充足ですよね。

ワインはいくらあってもこまらないね